歴史-Epoche I(1871-1920)

History
Mosenthin, M., Public domain, / Postkarte Sächsische X V 1901

Epoche Iの時代背景

1866年~1870年の普墺戦争と普仏戦争にドイツが勝って、1871年にドイツ帝国が成立してから第一次大戦に負けてWeimar共和国のもとでDeutsche Reichsbahnができる1920年までをEpoche I と考えます。この時代、鉄道の主な利用者は王侯貴族と高級官僚であり、まだ庶民のものではありませんでした。鉄道の運営主体は、ドイツ帝国のもとでの各王国鉄道が並立している状況だったため、それぞれの地域の資源や生活習慣に合わせた機関車や客車が作られていました。まだ機関車の駆動機構や客車の構造などは開発途上で、中央政府の縛りがないだけに思い切ったチャレンジができて技術の目覚ましい発達がありました。現代の目で見ると奇妙な形の機関車も作られていましたし、製造会社が違えば、部品の互換性はありませんでした。

1900年のドイツ帝国の地図。北部については東から西まで圧倒的な範囲をPreußenが占め、南部をBayern,Württenberg,Badenが分け合っており、中部が細かい領邦国家に分かれていることがわかる。
Karte Deutsches Reich, Verwaltungsgliederung 1900-01-01” by Maximilian Dörrbecker (Chumwa) via Wikimedia Commons , Licensed under CC BY-SA 2.0

Epoche Iの鉄道技術

蒸気機関車

KasselのWilhelm Schmidtの過熱蒸気の研究が蒸気機関車の熱効率を上げ、多くの蒸気機関車で過熱蒸気が使われるようになりました。

“Lok 5000 O+K” Autor/-in unbekannt via Wikimedia Commons, Publuic domain

蒸気機関車の駆動方式としては、複雑だが蒸気を有効利用し燃費のよい複式4気筒方式と、どの地域でも誰にでも比較的容易に整備できる2気筒方式が出てきました。前者は良質の石炭に乏しいが職人の腕の良いドイツ南部で、後者は良質の石炭が豊富でスタッフの技量にばらつきのある中北部で、それぞれ標準的な地位を占めることになります。

電車

電気を鉄道の動力に利用する試みは1880年頃から始められましたが、インフラ整備が必要なことから、長距離鉄道ではなく限られた都市圏や、水力発電のできる山沿いなど一部での採用に限られました。

AEG high-speed car” October 1903 by Street Railway Review via Wikimedia Commons, Public Domain

しかし、試験的には早くも1903年に王立Preußen軍事鉄道で、3相交流を使った電車が世界初の210km/h到達に成功しています。

Radsatz
Radsatz

1903年に時速210km! ドイツ人おそるべし

1914年から始まった第一次大戦では、Epoche I で各王国鉄道別々の仕様で作られた機関車が戦線に送られましたが、その互換性の無さが問題になりました。ドイツは1918年のドイツ革命とともに敗北し、巨額の賠償を要求され、機関車たちも賠償の品として戦勝国に渡っていきました。

Epoche Iの人物

Preußen の Robert Garbe

Bayern の Anton Hammel

Epoche Iの機関車

機関車では、1902~1913年にPreussenでRobert Garbe設計のG8, P8, G81が製造開始され、1908年にBayernでAnton Hammel設計のs3/6が製造開始されます。いずれも100年以上の時を越えて今にいたるまで模型・実物を問わずファンの多い機関車です。

Epoche Iの客車

Preußen : 馬車を複数つなげたような、縦長の窓やドアが多数あるAbtailwagenが多いです。Epoche I 末期には、早くも鋼と木を用い、車長が長くて台車に乗ったD-Zugwagenが開発されました。

Baden / Württenberg : 車端のデッキから乗降して、車内は広い空間で左右に座席のあるGroßraumwagenが多いです。アメリカの影響が見て取れます。

参考文献

藤原辰史 「カブラの冬 – 第一次大戦期ドイツの飢饉と民衆」 人文書院(2011) ISBN 978-4-409-51112-1

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