Görlitz I Drehgestell誕生前
1900年代はじめから第一次大戦期まで、Preußen-SachsenのD-Zug用の20m級の大型客車は、アメリカで開発されたSchwanenhals Drehgestell(白鳥の首型の釣り合い梁(イコライザー)を持った台車)を履いていました。


この形式は、特に東部地域の保守状態の悪い線路への追従性がよく、そのような線路上でも比較的乗り心地が良かったため広く普及していました。しかし、高速になると蛇行動が発生しました。当時ヨーダンパというアイデアはまだありませんでした。
第一次大戦後の経済的な困難からようやく脱しかけた時期、Deutsche Reichsbahnが発足し、今後の鉄道の規格統一と高速化を念頭においてドイツで高速台車を開発することになります。台車の設計コンペで勝ち抜いたのはSchlesien地方に近いGörlitzの車両メーカーWUMAG(Waggon und Maschinennfabrik AG Görlitz)でした。
開発中のGörlitz I Drehgestell
以下に、Verkehrsmuseum Dresden に収蔵されているWUMAGのGörlitz工場で開発中に撮影された写真を紹介します。クリックで拡大できますが、写真の下のタイトルをクリックすると博物館の収蔵写真を参照できます。8×10の原版に写し取られた豊富な情報量をご堪能ください。


上は1924年1月の、開発中の枕梁です。トラスとリベットがまだ試作品の風情を感じさせます。
下の枕ばねと組み合わせた写真で分かる通り、Görlitz I、Görlitz IIでは枕梁下部から揺れ枕リンクが持ち上がり、それが枕ばねを抱えています。これにより、枕梁は枕ばねに対して左右の揺動ができるようになります。


下は1924年4月の開発中のGörlitz I Drehgestell全体です。まだ車輪がスポーク車輪で、軸ばねの両翼にコイルばねが採用されていません。台車枠の剛性確保のため、中央下にトラスが組んであります。枕ばねの中央下に枕梁の下部が見えています。揺れ枕リンクは台車枠に隠れて見えません。


Görlitz I Drehgestell の基本構造
- 軸距が極めて長いです。3600mmもあります。上の写真で車輪の径は1000mmです。これだけ長いと、高速対応性はいいけれど渡り線などでフランジがこすれて鳴ったかもしれません。
- 枕ばね、軸ばねの両方に重ね板ばねを採用します。すべての板ばねは線路と平行の向きに取り付けられています。Görlitz II以降徐々にコイルばねが採用されていきます。
- 枕梁下部から揺れ枕リンクが持ち上がり、それが枕ばねを抱えることで、枕ばねに対して枕梁の横揺動ができるようになっています。
- 枕ばね吊りはまだ原始的なねじの形の振り子によって吊り下げられており、二重のナットをお互い締め付けることで高さを決めているようです。
- まだフレームの剛性が確保できず、フレームの枕ばねの外側にトラスがあります。
Görlitz I Drehgestellを履いたHechtwagen


写真は1924年のKarlsruheむけの1等2等のHechtwagen AB4üです。この客車を製造している時期に、DRGが発足したらしく、すでにDRGの丸鷲マークがつけられています。台車はコンペで勝ったGörlitz I Drehgestellを履いています。台車に白バックで”Drehgestell-Görlitz”と書かれています。輪軸はスポークタイプです。もしかしたら、この車両がコンペで勝ち、その後のEpoche IIにおけるGörlitz台車の繁栄のもとになったのかもしれません。

中央の1等Abteilの乗り心地を是非味わってみたい!
その後のSchwanenhals Drehgestell
Rheingold客車にGörlitz II 台車が採用されて以降、格上の高速列車からGörlitzの台車が採用されるようになり、1930年代以降は大型の新造客車はほとんどGörlitz III leichtを履くようになりました。
一方で、Schwanenhals Drehgestellは、カーブのきつい、郊外の線形の悪い路線でそんなにスピードを出さない運用であればまだまだニーズはあり、戦後のUmbauwagen 4ygの二等車や荷物車BDでは1980年代にいたるまで、Schwanenhals Drehgestellが使われていました。
Karl Gerhard Baur “Drehgestelle – Bogies” EK-Verlag(2009) ISBN: 978-3-88255-147-1


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